夢創作とは?

はじめに

 夢定義はたいへん紛糾して炎上する話題なので、本当は触れたくない。触れたくないのだが、『そもそも何の話をしているのか?』を飛ばして研究するのはちょっと無理がある。この欄はあくまで夢創作の定義をするものではなく、夢創作を知らない人向けのイントロダクションとして読んで欲しい。

 さて、何かを知るならケーススタディが早い。だがいざ夢創作を検索してみると、ジャンルの広さに驚くはずだ。
 原作に登場しない作者のオリジナルキャラが登場する二次創作という共通点はある気がするが、オリキャラの属性は多様だ。老若男女人外までいるし、恋愛してるのもいれば、恋愛せずに楽しくやってるのもいる。
 モブとして原作の背景にひっそり住んでいそうなオリキャラもいれば、主役級の輝きを持つオリキャラもいる。オリキャラは自分のことだと言う作者がいるし、決して自分ではないと言う作者もいる。
 そもそもオリキャラがいない時すらある。ゲーム主人公を二次創作の主人公に据えたものは夢創作なのか? と思えば、同じようなものを夢ではないとしているケースも多い。
 更には二次創作ではないオリジナルの夢小説まで発見できるだろう。二次創作の話じゃなかったのか?
 客観的な定義がむずかしすぎる。

 そして当事者達はこう言う。
『作者が夢だと思えば夢』
 トートロジーである!

 以前まではこの解説をなんとか中身で定義しようと思ったのだが、トートロジーが罷り通るようになるまでの経緯を説明する方が早いような気がしてきた。というわけで本稿では、成り立ちを踏まえた話をしてみる。独自研究の色が濃いことを了承した上で読んで欲しい。


夢創作の歴史的アイデンティティ

三行で分かる夢創作


女王様万歳と唱えれば誰でも住める王国がありました。
国は栄え、色々な民族の人たちが王国に住むようになりました。
時代が変わって女王様の力が衰え、国は多民族共和国になりました。


①女王様万歳と唱えれば誰でも住める王国がありました。

 00年代において、夢小説の主流定義が『名前変換機能を利用した小説』であったことはおそらく疑いようがない。

 そもそも祖としてのLLSが名前変換スクリプトを配布していたとされ、夢小説とはスクリプトを用いて主人公の名前を好きに変えられる小説のことだった。当サイトが参考文献として張っているサイトでも、00年代前半のサイトでは、主人公の名前を変換できる小説を夢小説と定義していることが多い。本紙に貼っていないサイトでも、以下のような定義説明が見られる。
→03年4月「どりぃむナビ」のサイト説明のアーカイブ
→03年7月の「夢*夢サーチ」の規約・諸注意のアーカイブ
→04年12月の「Dream Navigator」のINFOのアーカイブ
→06年5月の「天使の繭」の夢・ドリーム小説って何?のアーカイブ
→06年5月の「勝手にドリーム小説マナー」のドリーム小説とは?のアーカイブ

 たとえ中身が何であれ、名前変換を利用していれば夢小説だった時代があった。
 名前変換という女王様さえ称えていれば、誰もが夢小説のの民だった。

 しかしそれは、今となっては過去の話である。


②国は栄え、色々な民族の人たちが王国に住むようになりました。


 様々な創作動機や創作スタイルを持つ人が現れる。
 夢小説の主人公=夢主は女でも男でも犬でも猫でもいい。恋をしても冒険しても嫌われてもいい。練り込まれた詳細な設定があっても、設定を極限までなくして透明な存在にしてもいい。作者の分身でも、そうじゃなくてもいい。何でもいい。
 名前変換さえあれば。
 夢小説は自由で、懐が深い。自らを表現するカテゴリを持たなかった者でも、名前変換をつければ夢小説として、この栄えたカテゴリで読者を得られる。

 こうして夢創作は、『キャラクターと恋愛したい』人と『恋愛してるキャラクターを見るために恋人のオリキャラを投入したい』人が同居する多民族のジャンルとなった。

 夢創作の火種の体感五割くらいはこの多民族性にある(冗談)。
 そもそも完全に民族が分かれているわけではなく、混血や文化混淆も大いに発生しているので、民族を完全に分けてしまうのも野暮になっている。
 また、原住民を特定しようとする、もしくは名乗る動きが時々発生するが、本紙のカテゴリ史を参照すれば分かるとおり、かなり初期から住民の幅は広い。


③時代が変わって女王様の力が衰え、国は多民族共和国になりました。


 個人サイト主流の時代が終わりSNS主流の時代になると、名前変換機能の影は薄れる
 Twitter/Xでは当然不可能だし、pixivでの単語変換機能実装もweb版で20年、アプリ版で21年とごく最近になる。
 当サイトでは『刀剣乱舞』流行の15年をpixivに夢小説が多数投稿されるようになった契機としている。つまり5~6年間(小説機能実装からは10年間)はpixivの夢小説は名前変換なしでやっていたことになり、これは当時の夢小説の歴史約20年の四分の一(二分の一)にあたる。web上で文化が形成されるには十分な期間だ。
 また、実装後もシリーズを作って設定資料を作って単語変換を設定する作業が必要であり、煩雑でわかりにくいことは否めない。短編とかどうしろというのだ。

 実際、機能実装後もpixivにおいて名前変換できない夢小説は多い。
 22年10月頃のマンスリー小説ランキング上位100作品を調査したところ、80作の夢作品のうち、単語変換機能を使用しているものは6.3%で、ネームレス(夢主が代名詞でのみ呼ばれるもの)は26.3%だった。固定名使用作は38.8%で、既存キャラに成り代わりその名で呼ばれるものは17.5%あった。端数はその他。
→編纂者による調査のGoogleスプレッドシート
 23年にpixivでジャンル夢タグの新着100作を調査した際には、ジャンルAでは単語変換実装率が2%だったのに対し、ジャンルBでは48%だった。(特定ジャンルのためスプレッドシートリンク自重)
 より名前変換の容易なyumedropでは名前変換は59%、ネームレスは34%、名前固定は6%だったため、風土によるところが多いと思われる。

 更に、ネット上での画像媒体(イラスト、マンガ)の地位も向上した[要出典]。個人サイトでなら画像媒体での名前変換は不可能ではないが、テキスト媒体より大幅に手間がかかる。

 つまり、サイト時代にはネット上で創作を発表できるなら当然導入できた名前変換機能は、SNS時代には利用ハードルが高いものと化し、必須とする空気感も薄れた。
 もはや『名前変換があれば夢小説』という定義は使えなくなってしまった
 女王様の統治力は薄れ、その旗印で団結することは不可能になった。残された多種多様な民族国民たちは、自分たちでを治めることになる。


まとめ

 20年代の夢創作は、かつて名前変換が束ねていた汎ゆるものと、そこから生まれたもの、そして合流したものたちの集合体である。

 ロックミュージックやSF小説のような巨大ジャンルの持つ輪郭の曖昧さを夢創作もまた持っており、その文脈を継承するミーム(文化的自己複製子)を持つものと定義されるかもしれない。
 客観的で技術的な定義が不可能なのは、そのミームの有無が外部からは判断できないからだ。

 この状況で何らかの定義をするとなれば、当然炎上する。
 名前変換は『好みのオリキャラを投入して恋愛させたい』という層と『自分がキャラクターと恋をしたい』という層を同居させる偉業をなしていたのだ。名前変換無しですべてをまとめることは出来ないし、今の状況は名前変換の手にすら余る。
 しかも全員夢創作の国で育って住んでいる。今さら誰かを追い出すなんて、誰に許されるだろう?
 こうしてここは、『作者が夢だと思えば夢』というトートロジーのジャンルとなった。
 今も夢創作では、凝ったデザインの恋愛夢主と顔のない友情夢主とゲーム主人公夢主が同じ国に住んでいる。


脚注



例外として、そもそも主人公の名前が呼ばれることがない“ネームレス”と呼ばれる体裁の創作もある。 ドリー夢小説の歩き方サイト「夢路より」は夢小説=名前変換小説ではなく、夢小説∈名前変換小説を提示している。これは名前変換小説だけでは当たり範囲が広すぎるからで、主人公の名前を変えられるほとんどのゲームを夢ゲームにしてしまうため。
→02年9月の「夢路より」のABOUT DREAMのアーカイブ
『刀剣乱舞』はボイス付きのゲームであるため、ゲーム主人公はキャラクターから常に代名詞で呼ばれる。これは名前変換が利用できない環境では有利で、名前を呼ばれる機会がないのなら名前変換機能の不在が問題にならない。 ネームレスのような名前変換を使わないテクニックや、ブックマークレットで名前変換を外付けするテクニックも存在する。 この調査は原作を知らないと大変難航するため、編纂者のわかるジャンルで行った。
ゆるしてくれ、誰が原作キャラなのかすら分からないとほんとうにたいへんなんだ